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「レディー・イン・ザ・ウォーター」その3
2007.04.28 (19:06) 店主Aのprecious
前回のつづき

もしも“主人公”が世の中を変えてくれるなら、
主人公でも脇役でもないその他大勢は、映画の鑑賞者や物語の読者のように
ことの成り行きを見守っているだけなのでしょうか?

そんなふうに考えてしまうと、逆説的に、
主人公でも脇役でもないなら、世界の未来とは何の関わりもない
いても、いなくても同じ存在だ・・・という意識が芽生えてしまいそうです。

シャマラン監督は「レディー・イン・ザ・ウォーター」を通して
そうじゃない・・と語りかけてきます。
あらゆる微細な存在と、それらの関わりの行方が未来なのだと。

「人間は皆つながっている」と、ストーリーという名の水の精がつぶやきます。
だから、未来に関わりのないものなど何もないと。

どんなに小さな存在でも“変化の種”を担っている・・・
在るべくして在る・・・
それは事実? それとも、単なるおとぎ話なのでしょうか?

「レディー・イン・ザ・ウォーター」はおとぎ話です。
飛躍したストーリーも、よくある展開。
おとぎ話なのですから『何でもあり』です。

でもそれは、現実の未来にも同じことが言えますよね。
まだ起きていないことは、どうなるか分かりません。
あらゆる可能性があります。
ある意味、『何でもあり』です。

あるシーンで、世の中を見限って引きこもりになった賢人がこういいます。
「もう、おとぎ話を信じるのはやめよう!」と。

けれど、「君には傷ついた水の精を癒す力がある」といわれた管理人が
「私にはそんなことできない」と弱気になった時に
「いいから、やれ!」といったものこの賢人です。

監督は、水の精の存在を信じろと言っている訳ではないはずです。
子供のように、そういうものを信じられる純粋な気持ちが大切だというような
単純なお話ではありません。
おとぎ話仕立てであることは、単なる手段なのだと思います。
もちろん、他にもたくさんのメッセージが込められていますので
このコラムで書いたことは、感想のごくごく一部です。
ちなみに、ある映画レビューでこの作品が
「シャマラン映画史上最もちっぽけだが、最も壮大かつ深刻な作品」
と紹介されていました。
私としては、この一文が結構気に入っています。



今日も、暗い気持ちになるニュースがたくさん流れています。
昨日もそうでした。
世の中いったいどうなってしまうのでしょう?

『お先真っ暗だ~』と捨て鉢な気持ちになったら、
もう一度この映画を観てみようと思います。
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「レディ・イン・ザ・ウォーター」その2
2007.04.25 (23:01) 店主Aのprecious
前回のつづき



『世の中いったいどうなってしまうのだろう・・』
そう感じている人は多いはずです。
けれども、『そんな世界を変えるには?』という問いに
明確な答えを持っている人は少ないのではないかと思います。
世界中の人が模索し続けているその答え・・・

シャマラン監督は自分なりに見出した一つの“答え”を
「レディ・イン・ザ・ウォーター」で表現したかったのではないかと
私は感じました。
そして、映画のなんたるやとか、おとぎ話のうんぬんだとかを超えて、
その考え方に共鳴したのだと思います。
単に“感動した映画”というのとは違う、
なんとも説明しがたい余韻が残りました。
シャラマン監督作品には、常に意表をつく展開が期待されているので、
どんでん返しのないこの作品の評価は一般的に低め。
私のような見方をする向きは少ないのかもしれません。

あらすじは、あるアパートのプールから突然現れた水の精が、
無事故郷に帰れるように住人たちが団結して奔走するというもの。
こんなふうに書くと、設定をちょっと現実よりにしただけの、
ありきたりなおとぎ話のようですが、
実際にはかなりメッセージ性の高い作品です。
(あまり細かく書くとネタバレになってしまうね)

ファンタジーの世界では、どんなに難しい状況下でも
必ず明るい未来が開けますよね。
その希望は様々なかたちで描かれていますが、
人気作になるのは、ある勇敢な主人公が幾多の苦難を乗り越えて
未来を切り開いていくというもの。その主人公の功績によって、
世界は救われ、人類が希望を取り戻すという筋書きです。
主人公は、かっこいいヒーローだったり、救世主だったり、
覚醒した一般人だったり・・・とにかく“特別”な存在です。

「レディ・イン・ザ・ウォーター」の主人公はというと、
おとぎ話としては水の精に、
映画としてはアパートの管理人に焦点を当てて描かれていますが、
メッセージの主題である“世界を変える”という点においては、
主人公を特定することができません。
このおとぎ話では、
世界を変えるのはある少年だということになっているのですが、
その少年は登場すらしないのです。
アパートの住人は皆、どちらかというと救いを必要としている人たちばかりで、
特殊な能力を持つ人もいません。
水の精をとりまくお話以外は、すべて“現実”そのものです。

主人公なんていない。
それが、この映画の重要なメッセージのひとつなのかもしれません。
・・・・・・・・またまたつづく。
レディ・イン・ザ・ウォーター
2007.04.23 (20:36) 店主Aのprecious
「レディ・イン・ザ・ウォーター」という映画を観ました。
『シックス・センス』で有名なM・ナイト・シャマラン監督の最新作です。
といっても、それを知ったのは映画を見終わってから。
特に強い動機があったわけでもなく、
紹介文や感想文を読んで興味が湧いたのでもなく、ただ何となく選んだ作品です。
“新感覚ミステリー”“新しいタイプの恐怖”などと紹介されていますし、
前置きがあったら恐怖映画と勘違いして、
逆に手に取ることはなかったかもしれません。(既成概念こそ怖い)

M・ナイト・シャマラン監督の作品はどれも、表面的にはいわゆる
超常現象を扱っていますが、それらが単に恐怖を売りにしているだけならば、
この監督がこんなにも有名になることはなかったでしょう。
『シックス・センス』の大成功で監督に向けられる期待が大きくなった分
評価も厳しくなり、新作が発表される度に物議をかもしています。

良くも悪くも、常にあれこれ言われるシャマラン監督作ですが、
この「レディ・イン・ザ・ウォーター」は、特に意見が分かれているようです。
内容にはよい評価をつけている人でも、映画としてはいまひとつ…という意見が目立ちます。
『シックス・センス』に比べれば明らかに駄作、という厳しい評価もありました。

それもこれも、後で知ったこと。
何の前置きもなく観たこの作品から、感じたことが多かったので
『これは誰がつくった作品かしら?』と興味がわいて、インターネットで調べてみたのです。

関連サイトによると、
M・ナイト・シャマラン監督が自分の子供のために作った
ベッドタイムストーリーが 脚本のベースになっているとのこと。

そしてなんと、絵本も出版されておりました。・・・・・つづく


>> 絵本「 レディ・イン・ザ・ウォーター」 眠れないベッドタイム・ストーリー

春の力
2007.04.18 (21:46) 日々のたわごと
窓の外は雨。
あまりの寒さに暖房をつけました。

それでも、春は春。
民家の庭先にも、遠く望む山々にも、いっせいに新たな命が芽吹いています。

先月末、MACがクラッシュするという不測の事態が起きて
今月はコンピュータの前で過ごす時間がやたらに多かったのですが
作業に行き詰まる度、無意識に窓を開けて春色の山を眺めたり、
近くに咲いている桃の花を見つめたり、
我が家の小さな小さなフラワーガーデン?に手を入れたりしていました。

そうするとね、脳神経にたまった疲れが、
ふっと消えてしまうんですよ。

まさに、植物たちのエネルギーをお裾分けしてもらっている感じです。

深呼吸をしながら思わず、以前にもコラムに書いた
宇宙飛行士の言葉を思い出しました。

「地球上の生命を育てているこの宇宙船の菜園(宇宙船の中にある実験用の菜園)が、どんなに大きな楽しみだったか、なかなか分かってもらえないだろう。菜園を見にいくとき、「さあ、森へ散歩に行こう」といったりしたものだ。地球の緑を見て育ったわれわれは、植物を見ると心が休まる。ちっぽけな植物のそばで横になるだけで、心がなごんだ。」

星の王子さまも、自分の星にバラが咲いていなかったら、
この星に留まっていたかもしれません。
もしかすると、バオバブでさえ星の王子さまには必要だったのかもしれませんね。

それにしても、春の植物たちのエネルギーは格別です。

桜がいっせいに咲き始める時
木々の新芽が萌えいでる時
あたりにものすごい生命エネルギーが満ちているのを感じます。

ベランダの小さな鉢植えにさえ・・・
芽が出て、花が咲く、ただそれだけで、
ストレスまみれの人間(それは私)を救う力があるのですね。

4-18.jpg
我が家の癒し手たち
MAC退院
2007.04.14 (16:42) 店主Aのprecious
MACが予想以上に早く退院してきたため、
この週末、ようやくPC環境復旧の目処が立ちました。
修理に出す時点では「少なくとも2週間は見ておいてください」と言われていたので
何日もかけて 代替機のセットアップに取り組んだのですが、
そのマシンは早くもお蔵入りです。
ハ~・・・

クラッシュしたMACは、ハードディスクはおろかCPUが完全に損傷していたそうで、
修理というよりも“部品の全取り替え”をするしかなかったようです。
だから早かったのね。

で・・・いい機会だと思って、よせばいいのに
OSやソフトのアップデートをすることにしたので
私は未だにテクノ・ストレスのまっただ中。

つまり、 「一歩進んで二歩下がる~」の時点から
一気に五歩ぐらい前進しようとしているのです。

だけど・・・DTPをやっているとOSのバージョン・アップは結構大変。
三歩ぐらいにしておけばよかった~。
旧型MAC
2007.04.07 (21:46) 日々のたわごと
結局、私のMACは何をしても冬眠から覚めてくれず、入院することになりました。
急きょ、昔使っていた旧型MACを引っ張り出してきて、あれこれ手を加え
どうにかこうにか作業環境を整えました。
新着UPも、一両日中に再開できそうです。
メールの送受信につきましては、PCの整備中もモバイル等で対応しておりましたが
何かご不明な点がございましたら、ご指摘くださいね。

それにしても・・・
修理期間中だけの代替利用とはいえ、PCをバージョン・ダウンし
その中に入っていたOSを、アップデート(それでも何世代も前のOS)して使うという
♪一歩進んで♪二歩下がる~♪♪・・というか、結局一歩も進んでいないどころか
後退してる?かもしれないような、そんな作業に何日間も費やしてしまいました。
(ちなみに正しい歌詞は“♪三歩進んで♪二歩下がる”です。ちゃんと前進しています。)

お休み中に充電したはずのエネルギーも、すでに枯渇してしまいましたよ~
ハハハハハハハ~~~ (←もうヤケクソ)

少なくとも半月はお世話にならなければならないこの旧型MAC、
何もやるにしても、ゆっくり、ゆっくりです。
でも、ほんの数年前はこれが最新式・最速で、
はじめて使った時には「はやいな~」って感じたんですよね。

いろんなことがスピードアップして、
「便利になったね~」と 言い合ったりしているけれど、
何かが早く終わったおかげでできるはずの“あまった時間”は
いつも他の何かで埋まってしまって、
いつまでたってもゆっくりできないのよね。

フシギ

ハハハハハハハ~~~ (←HDコワレタ?)
春爛漫
2007.04.01 (22:37) お知らせ
お久し振りです。
春爛漫、桜満開・・・美しい季節になりましたね。

いよいよ4月1日、再開予定日となりました。
・・・が、ひとつ不測の事態が起こりまして
ちょっと準備が遅れております。

お休み期間中、帰郷したり遠出をしたりして、
1週間ほど完全にコンピュータを離れておりました。
ドライ・アイもだいぶ良くなって
気持ちも新たにMacのスタートボタンを押したのですが、
どういうわけか起動してくれず、数日間の格闘も空しく
未だに目覚めてくれません。

PC偏向型生活に疑問を抱き始めた私の気持ちに反応してしまったのか
それとも、PC自体かなり疲れていたのか、
ほとんど意識不明の状態です。(苦笑)
Macまで完全休業に入ってしまうとは、思ってもみませんでした。

ちなみにこのメッセージは、店主BのPCを借りて
入力しています。

お休み期間中に頂いたご注文・ご質問については、
すべて確認させていただいております。
代替機を用意して、できるだけはやくお返事をさせて頂きますので
大変恐縮ですが、もうしばらくお時間をください。



畑の畝間で日なたぼっこする店主C
休み中にちょっとだけ畑仕事をしました。

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