スポンサーサイト
--.--.-- (--:--) スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ろうそくを灯してみました
2009.06.26 (17:25) 日々のたわごと
電気を消して、ろうそくを灯してみました。

もちろん、テレビもパソコンも、ついでに携帯もOFFにしました。

灯したろうそくは3本だけ。
この光だけで出来ることは、そんなに多くありません。

とりとめもない話をしたり、ぼんやり炎を眺めたり・・・
いろんなことを思い出して、泣いてみたり、笑ってみたり。

とにかく・・・
いつもより、時間のゆっくり流れているように感じられました。

最近、一日があっという間に終わってしまって、
地球の自転速度が速まったのかと思うほどでしたが、
単純に自分で自分の時間を早回ししていただけなんですね。

忙しすぎて自分を見失いそうになった時は、
いいかもしれません、キャンドル・ナイト。
スポンサーサイト
キャンドル・ナイト
2009.06.20 (17:36) 日々のたわごと
夏至前夜の今日から7月7日まで、“キャンドル・ナイト”ですね。
2003年から始まって、今年でもう7回目。
省エネ運動という意味合いもあるけれど、
そういうスローガンで行われるものではありません。

同じ日の同じ時間に、多くの人が人工の灯を消して、
ろうそくを灯すと・・・

一人一人に・・・
一人と一人の間に・・・
そして地球全体に、ゆるやかな変化が起きる。

それをエコという人もいれば、アートという人もいる。

各地でいろいろなイベントが行われるようですが、
家の電気を消して、 ろうそくの光で子供に絵本を読んであげたり、
食事をしたり、ただただ炎を眺めたりするだけで、
“特別な時間”になりますよね。

あれこれ考えず、とにかく電気を消して、
ろうそくを灯してみませんか。



キャンドル・ナイト HP >>
http://www.candle-night.org/jp/index.html
野の花に出会えば
2009.06.17 (18:37) 思いつれづれ
絵本は私にとって、道ばたに咲く野の花のようなもの。
行くべき道を示してくれるわけでもなく、
お腹を満たしてくれるわけでもないけれど、
理屈も条件もなく、
ただそこに咲いているだけで、
あたたかなものを与えてくれる・・・

私は、野の花あふれる道を歩みたくて、
プレシャスブックスを始めたのでした。

どんな道も決して平坦ではないけれど、
野の花に出会えば、 歩む力が湧いてきます。

花がただそこに咲いていて、それをただ 『きれいだなぁ』と感じる。
その他愛もない気持ちの変化が、ささやかでも生きる力になってゆくのです。

道ばたに目をやれば、花がたくさん咲いているのに、
下ばかり向いているのはもったいない。


さて・・・そろそろ元気を出して再始動です。
感謝
2009.06.14 (16:44) 店主Aのprecious
皆さん、クロッキーへのあたたかなメッセージ・・・
ありがとうございました。

今、海の見える窓の前に小さな祭壇を作って、クロッキーのお骨を置いてあります。
その祭壇は、友人たちから届いたお花でいっぱいです。

皆さんからのあたたかなお心遣いから、たくさんの元気をいただきました。
どうやってお礼を申し上げればいいのか、言葉が見つかりません。

いつかお別れの日が来ることは、出会った時から覚悟していました。
そして、覚悟はしていても、いざその時になったら、
やっぱり悲しくて大泣きするんだろうな・・・とも思っていました。

覚悟したからといって、悲しみが減るわけではありません。
思っていた通り、大泣きしました。

けれども、この悲しみを・・・寂しさを・・・しっかりと受け止めようと思います。
この痛みは、共に過ごした時の喜びの大きさに比例します。
だから、つらいのは当たり前。
クロッキーがくれた喜びは、はかり知れません。

この痛みを避けて生きようとすれば、喜びも失ってしまう。
それを教えてくれたのも、クロッキーでした。

18年前、人気のない荒れ地の道路で、生後4~5ヶ月位の子犬が、
車の前に突然飛び出してきました。
こんなところにいたら車に轢かれてしまうと、そのまま家に連れ帰りました。

はじめは、飼うつもりはありませんでした。
優しい飼い主さんを捜すつもりでいたのです。
失ったときの悲しみを受け止める自信がなかったからです。

けれども1週間一緒にいたら、結局手放せなくなってしまいました。
そして18年間の間に、
クロッキー自身が、私たちに看取る覚悟を与えてくれたのでした。

この悲しみを癒せるのは、時の力だけだということも分かっています。
一日一日、時が過ぎてゆき、いつか笑ってクロッキーのことを
思い出せる日が来るでしょう。

今回、同じ痛みを持つ方々から、たくさんのあたたかなお言葉をいただきました。
誰もが、そういう思いを持って生きているんですよね。
たとえお会いしたことがなくても、深い深いつながりを感じます。
生きていると、つらいこともたくさんあるけれど、
そのご縁から、とても大きな勇気を得ることができました。

本当に本当に、ありがとうございました。

感謝
                      豊田 祐次 友子
6月7日 日曜日
2009.06.10 (16:39) お知らせ
6月7日は、とてもよい天気でした。
さわやかな風が吹き、海がキラキラ光っていました。
夜には満月が出て、水面に光の道を作りました。

そんな美しい日曜日に、クロッキーは逝きました。
窓の外を見るとツバメがスイスイと宙を飛び回っていて、
それがクロッキーに見えました。

とてもとても悲しいけれど、18年という長い年月を一緒に過ごすことができ、
「必ず看取るからね」という、出会った頃からの約束を守ることができたので、
ほんの少しだけ、救われた気持ちでいます。

「ありがとう、ありがとう・・・」
お別れの時には、それしか言えませんでした。

クロッキーが与えてくれたものははかり知れません。
そのすべてを無駄にしないように、ちゃんとちゃんと生きようね
と二人で話しています。

みなさん、これまでクロッキーのことをかわいがってくださって
本当にありがとうございました。

店主Cは引退しましたが、
プレシャス・ブックスは店主A&Bで運営を続けてゆきますので、
これからもどうぞよろしくお願い致します。
これが私の優しさです     作:谷川俊太郎
2009.06.03 (19:11) 店主Aのprecious

      これが私の優しさです     作:谷川俊太郎

   窓の外の若葉について考えていいですか
   そのむこうの青空について考えても?
   永遠と虚無について考えていいですか
   あなたが死にかけているときに

   あなたが死にかけているときに
   あなたについて考えないでいいですか
   あなたから遠く遠くはなれて
   生きている恋人のことを考えても?

   それがあなたを考えることにつながる
   とそう信じていいですか 
   それほど強くなってもいいですか
   あなたのおかげで



私がこの詩に出会ったのは、確か高校生の頃。
本屋さんでなんとなく手にした詩集の中の、この詩が特に印象に残ったのでした。
当時は、“理解” はしていませんでした。
ただただ強く心に焼き付いて、繰り返し何度も考えていました。
『あなたが死にかけているときに あなたについて考えない』なんて・・・と


母が亡くなった時、弟がたまたまこの詩を目にして言いました。

「これは母さんの詩だね」

その時私も、「そうか・・・」と思ったのです。

母は「私が死んだら、私のことは忘れて前を向いて生きなさい」
と言うような人でした。
自分の寿命を悟っていた母は、例えば私への誕生日プレゼントにも
“あとに残らないもの” を選ぶのです。
食べ物や、使ったらなくなってしまうようなものを。
そして、その理由を私は理解していました。
 
『あなたについて考えない』

私たち姉弟は、
それが母の望みで、そう生きることが本当の親孝行なのだと信じることができました。
母のおかげで。

けれども実際は、そんなに強くはなれませんでした。
何年も母のことを思い出し、泣いてばかりいました。

母が逝って、もうだいぶ長い年月が経ちました。
母のことを思い出す時間も減りました。
けれどもこの詩を読み返す度に、それでいいのだと母が言ってくれている気がするのです。

店主Bのオーラ
2009.06.01 (21:15) 日々のたわごと
「あの人にはカリスマ的オーラがある」とか、
「売れっ子になるオーラがある」とか、よくいいますよね。

その人が無意識のうちにかもし出している雰囲気、 とでも言いましょうか。
初対面でも、会話を交わさなくても、その人を見ているだけで
なんとなく伝わってくるものを表現する時に
“オーラ”という言葉を使うことが多いですね。

まあ、本来の意味は違うとは思いますが・・・笑

ちなみに店主Bには、どうやら独特のオーラがあるようです。
それは、 「店員」のオーラ。
はい、いろいろなお店でスタッフとして働いている 「店員」です。

と言いますのも、買い物中に見知らぬ人から 「店員」に間違えられて
声をかけられることがやたらに多いのです。
私も、もう何度も目撃しています。

靴屋に本屋に家電屋にDIYショップ・・・
もちろん、制服を着ているわけでも、エプロンをつけているわけでも、
名札をつけているわけでもありません。

ただ普通に買い物をしているだけなのに、
突然見知らぬ人に、
「これのサイズ違いありますか?」とか、
「○○を探しているんですけど」などと声をかけられるのです。

そう言えば、古本屋さんでも・・・
それはまあ、あってもおかしくないかな。
一応同業ですしね。

それにしても、偶然にしてはちょっと回数が多すぎます。

経験もないのに何故か「店員」のオーラを放つ店主B。
いったいどうしてだろうと本人も首を傾げています。
TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。