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幸せな色
2009.10.27 (22:56) 日々のたわごと
花屋さんで目にとまり、一目惚れして買ってきました。
まるで薔薇のような色合いですが、トルコ桔梗です。
品種開発が進んでいるのか、最近いろんな種類を見かけるようになりました。
どんな魔法を使うと、こんなに美しい色が出現するんでしょうね。
見ているだけで、幸せになります。

10-28.jpg
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きれいなものは、きれい。
2009.10.23 (19:20) 思いつれづれ
きれいな手だな・・・と思って、ついつい見とれてしまいました。
フォルムが美しいだけではなく、とても優美な印象を受けるのです。

そういうと、本人は「あまり嬉しくない」と苦笑いをしました。

実はその手の持ち主は、高校3年生の男子なのです。

下の写真は先月、約2年半ぶりに泊まりがけで遊びに来てくれた時に撮ったもの。
たった2年半の間に、彼は驚く程成長し、大人びていました。

小学生の頃から知っているけれど、その頃には気がつかなかった・・・

本人に言わせると、いくら褒め言葉でも
男なのに「かわいい」とか「きれい」とか言われるのは不本意なのだそうです。

けれど、年をとって、「男らしく」とか「女らしく 」という概念が、
すっかり希薄になってしまった私からすると、
そんな彼の言い分がとても微笑ましく聞こえます。

「男なのに、そんなきれいな手・・・」なんていう人がいたら、
その人の心が濁っているのでしょう。

きれいなものは、きれい。

彼は、相手が誰であろうとその人の気持ちになって話すことができます。
彼の、優美な手の表情は、
その、思いやりのある言葉づかいと同じように、
人を優しい気持ちにさせるはず。

「男らしく」でも「女らしく 」でもなく、「君らしく」です。

10-22.jpg
Zzzzzzzzz......
2009.10.17 (17:28) 日々のたわごと
こんなサイトを見ていたら、ついつい時間を忘れてしまいましたよ~。
↓↓↓
http://contest.pets.yahoo.co.jp/hiroba/photocontest/contest/32/list/

特に、落ち込んでいる人は必見です。

私も、ついついつられて、
Zzzzzzzzz...... Zzzzzzzzzzzzzzzzz......★
とても小さな旅
2009.10.12 (17:58) 日々のたわごと
月曜日の祝日、店主Bの突然の誘いで小旅行。
今すぐ出発するというので、とりあえずお財布だけ持って着の身着のまま家を出ました。

まず向かった先は、最寄りの駅。
『電車に乗ってゆくのかな?』と思いきや、
「ほら~ 」と店主Bが指差した先には、
溢れんばかりに小さな橙色の花をつけた大きな金木犀の木。

あまり駅を利用しないので、今までぜんぜん気がつかなかったのですが、
改札口の横に、大小の木が並んでいました。
今が満開、辺り一面にいい香りが漂っています。

この駅は、改札口を出た時に見える大きな桜の木が有名で、
「旅で訪れるなら春が一番」と友人に伝えたりしていたけれど、
これからは、「秋もいいよ 」と言うつもり。

それから、甘い香りに誘われて見慣れた街を気ままに散歩。
よくよく見たらあっちにも、こっちにも。
開花期以外は分かりずらいのですが、
お庭に金木犀の木を植えているお家は、結構多いんですね。

道すがら、知り合いのおじいちゃんと立ち話をして、
チビやツクシやベルに挨拶をして、
気がついたらだいぶ長いこと歩いていました。

この街に一軒しかないコンビニに入って、何かおやつでも・・・
と思ったのですが、急に思い立って缶ビールとおつまみを購入。
それを持ってトコトコ海岸に行き、防波堤の先っぽでおもむろにシュパッ!
どこにでも売っているありふれたビールだけれど、やたらに美味しい一本でした。

気がつけば夕暮れ、暑くも寒くもなかった空気が少しずつ冷えてきて、
お休みの終わりを告げていました。

「そろそろ、帰ろうか・・・」

とても小さな旅でしたけれど、しみじみ楽しい一日でした。
まさに、一年に何度とないゴージャス・デーです。
裏山で出会った堀内誠一さん
2009.10.08 (15:34) 日々のたわごと
先日、思いがけないところで堀内誠一さんについての話を聞く機会がありました。

裏山に住んでいる陶芸家Mさんのお招きで工房を訪れた時のこと、
奥様にとってのプレシャス・ブックが「ぐるんぱのようちえん」なのだという
お話を伺いました。
以前奥様は保母さんだったそうで、絵本に触れる機会が多かったのだそうです。

「当時は毎日のように子供たちに絵本の読み聞かせをしていたんだけど、
 園児の中に、特に“ぐるんぱのようちえん”がお気に入りだった子がいたの。
 知的障害のある子だったんだけど、 毎日のように“ぐるんぱのようちえん”を
 私のところに持って来てね、 読んであげる度に泣くの。
 毎日のように読んであげるんだけど、その度に涙を流すの」

そのとき以来、「ぐるんぱのようちえん」は、決して忘れることのできない
特別な一冊になったのだそうです。

10-7.jpg

話はそれで終わりではありませんでした。

ご夫妻は、数年間メキシコで陶芸の指導をしていたことがあり、
現地に赴く途中、飛行機の乗換えのために立ち寄ったアメリカで、
偶然に堀内誠一さんに出会ったというのです。

「予約していた部屋がオーバーブッキングでね。
 その相手がたまたま 堀内誠一さんだったの。
 私たちの方が後に到着したから、結局部屋がとれなかったのよ 。
 それを知った 堀内さんは、私たちに本当に親切にしてくださって、
 街を案内してくれたり、ごちそうしてくれたり・・・
 お話を聞いているだけでも楽しくて、本当にすばらしい方だった・・・ 」

その時には「ぐるんぱのようちえん」の作者だとはまったく気がつかなかったそうで、
後になって著名なアーティストなのだということを知ったのだそうです。

「『日本に帰ったら、またお会いしましょう』って言ってくださって、
 それはそれは楽しみにしていたのに、
 私たちが帰国してすぐにお亡くなりになってしまったのよ 」

堀内さんは、ここからそれほど離れていない街に家を建てる予定だったそうで、
いつでも会えますね、と住所を交換しあったのだとか。

「もしもまだご存命だったら、 今ここで一緒にお酒を飲んだりしていたかもしれないわ。
 本当に本当に残念・・・・」

今ここで一緒に・・・?
私は一度も堀内さんにお会いしたことがありませんが、
こんなところでこんなふうに、堀内さんの人となりに触れることになろうとは、
思ってもみませんでした。

これまでに、堀内さんの作品を何冊も何冊も手にしました。
絵本好きなら、堀内さんの作品に出会わずにいることの方が難しいくらいに、
今でもたくさんのタイトルが出版されています。
そしてこれからも多分ずっと版を重ねてゆくことでしょう。

私がこんなふうに思いがけない場所で、今は亡き堀内さんに出会ったように、
今後もたくさんの人が、いつかどこかでその作品に出会い、
あるいは、生前の彼を知る人たちの語り伝えから、その人柄を偲ぶことでしょう。

堀内さんは日本に溢れています。

それは言うまでもなく、彼の作品がいろいろな意味で優れているからですが、
テクニックだとか経歴だとかいう前に、
作者である堀内さんの人柄が、それらの作品に深く投影されているからなのだと
今回Mさんの話を聞いて、しみじみと感じたのでした。
今日は十五夜ですね。
2009.10.03 (19:34) 日々のたわごと
今日は十五夜ですね。

ただいま18時ちょうど・・・窓の外にはもうまん丸お月様が見えています。

午前中は、雷が轟くざんざん降りの大雨だったので、
お月見は無理かな 、と思っていました。

午後になってすーっと雲が晴れ、今は穏やかな海に光の道ができています。

10-3.jpg

今私が見ている月を実況中継。
ここからだと、どうしても電線がはいってしまうんですけどね。

月がなんだか不思議な光を放っている感じです。
荒井良二 スキマの国の美術館
2009.10.03 (16:17) 日々のたわごと
少し前のことになるのですが、夏休みの終わりに
荒井良二さんの展覧会を見にいってきました。

原画を目にするのは初めてです。

作品はすべてガラスケースの向こうに
きれ~に陳列されていましたが、
荒井良二さんのパワーは、そんなところには
とても収まりきれないという感じでした。

国内外で数多くの受賞歴がある方ですが、
日本人として初めて「子どもの本のノーベル賞」と
いわれるアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を
受賞して、その実力を全世界に知らしめました。

この賞は、優れた子どもの本の作者に贈られる世界最大の賞で、
『長くつ下のピッピ』で知られる童話作家、リンドグレーンを記念して
スウェーデン政府が創設したものです。

展示会場の一室で、授賞式の様子を撮影したビデオが流されていて、
それはそれは盛大な式典であることが伝わってきました。

受賞にあたり、彼の作品はこう評されました。
「斬新、大胆、気まぐれ、全く独自の発光力を持つ絵本画家である。彼の絵本は、子どもと大人に同時にアピールする温かさを発散し、茶目っ気のある喜びと奔放な自然さがある。絵の具は、彼の手を経て、あたかも音楽の流れのように常に新しいアドベンチャーへ飛び出し、子どもたちに自分で描かせ、語らせたがる。子どもたちにとって、描くこと自体が詩的で偽りのないストーリーアートである」

画材にも技法にもこだわらない、うまいとかへたとかいう領域にもおさまらない、
子供の絵のように天真爛漫で自由な作風・・・

捕われずに描くというのは、子供のようではありますが、
彼の作品が子供の絵と同じなのか、というとそうではありません。
誰にでも描けそうで、描けない。

大人になって、想像の源に純粋なパイプで繋がるということは、
そう容易いことではないはずです。
そんなことを頭で考えて手を動かしても、 考えるということそのものが、
“濁り”になってしまうのですから。

自由だからこそ、実は一番実力が露呈しやすく、
しかも評価が難しいの作風なのではないかと思うのです。

そう考えると、受賞した側はもちろんのこと、選考した側の感性にも深く感服します。

・・・とまあ、そんなことも、頭で考えるウンヌンカンヌン・・・
荒井さんの絵本を手にすると、
『そんなことは、どうでもいいかも』という気持ちになってきて、
気がつくと、ただただ面白くてページをめくっているのです。

9-28.jpg

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