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指定銀行についてのお知らせ
2010.06.28 (19:53) お知らせ
ゆうちょ銀行のサービス改訂や指定銀行の再編などに伴い、Informationの「注文の仕方」>>「お支払い」の項目と、納品・請求書記載の指定口座の記述を一部変更しました。詳細は以下の通りです。

これまでイーバンク銀行を指定銀行のひとつとして記載しておりましたが、同行の楽天銀行への移行に伴い、サービス内容が大きく変更になったため、今後はゆうちょ銀行とジャパンネット銀行の2行のみを指定銀行にさせていただくことにしました。

現在ゆうちょ銀行が、9月30日までATMによる口座間送金の手数料を無料にするというキャンペーンを行っています。
お支払い方法を「ゆうちょ振替」とご指定いただいた場合には振り替え用紙を同封させていただいていますが、 もしもゆうちょ銀行に口座をお持ちでしたら、この用紙を使わずATMで、口座間送金というかたちにすると、手数料が一切かかりません。
手続きの際にはカードか通帳が必要になりますので、忘れずにご持参くださいね。
ゆうちょダイレクトというインターネットの手続きがご利用可能なら、こちらも無料で送金できます(月5回まで)。

以上、何かご不明な点がありましたら、お気兼ねなくお問い合わせください。
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紫陽花
2010.06.25 (19:50) 店主Aのprecious
今、西側の窓から見えるあじさいは満開。
梅雨空にそこだけ光が射したようで、
ついついぼんやりと外を眺めている時間が増えてしまいます。

なぜだか、しとしと雨が降る日の方が美しく見えるのは気のせいでしょうか。

100625.jpg


「紫陽花」とはいったい誰が名付けた名前なのでしょう。
そしてなぜ、「あじさい」と読むのでしょう。
ちょっと気になって調べてみました。

和名の「あじさい」は、集(あづ)・真藍(さあい)が変化したもの。
真藍(さあい)は青いという意味です。
つまり、アジサイは「青の集まり」という意味で、その花姿から命名されたんですね。

「紫陽花」という漢名は、どうやら当て字のようです。
しかも、『 アジサイに漢名をあてはめる必要に迫られたとき、唐の詩人白楽天(白居易)の詩の中から日本のアジサイとは全く別植物の「紫陽花」を持ち出してきた。以来、アジサイは「紫陽花」となった』とのこと。
本来「紫陽花」は『中国の招賢寺という寺にあった名の知れぬ山樹に咲く花で、色は紫、芳香を放つ仙界の麗花であった』と言われているそうです。

紫陽花詩    白楽天(白居易)
 何年植向仙壇上  何れの年にか植えて仙壇の上に向う
 早晩移栽到梵家  早晩移栽して梵家に到る
 雖在人間人不識  人間(じんかん)に在るといえども人識らず
 与君名作紫陽花  君がため名づけて紫陽花となさむ

この詩には白居易の自註が付されているそうです。
 招賢寺有山花一樹、無人知名。色紫気香、芳麗可愛、頗類仙物。因以紫陽花名之。
 招賢寺に山花一樹あり、名を知る人なし。色紫にして気香しく、芳麗にして愛すべく、
  頗る仙物に類す。よって紫陽花を以てこれを名づく

つまり「紫陽花」は、詩人が人知れず咲く花に即興で名付けたものだったんですね。
あじさいの花のイメージにぴったりの漢字名だと思っていたので、ちょっと意外でした。

とすると、 中国の招賢寺に咲くという本物の紫陽花とは
いったいどんな花なのか気になりますね。
「色紫にして気香しく」とありますが、あじさいに香りはありません。
後の人々の予想ではライラックが有力候補のようですが、想像の域を出ないようです。

けれどももし、 白楽天(白居易)さんが日本のあじさいを見たら、
やっぱり紫陽花と名付けるのではないか、という気がするのですが、どうでしょう?
おそすぎないうちに
2010.06.20 (16:24) 店主Aのprecious
「おそすぎないうちに」という歌に出会いました。
小学校の先生が作詞作曲した、合唱曲だそうです。

子供たちが歌うとなおさら、まっすぐ心に響いてきます。

人はなぜ、失ってからでないと気づけないのでしょうね。


【おそすぎないうちに】 作詞:作曲 中山真理
     
[1]  
なくしてしまってから その大切さに気づいて
悔やんだり悲しんだり してもおそすぎるよ
もしかしたら一番 この世でたいせつな物は
普段あまりに身近すぎて 気にもとめていないかも
今あるすべての物は 当たり前なんかじゃなく
今あるすべての物が 奇跡的にあるとしたら
君はどうやってそれを 守るだろう
おそすぎないうちに 間に合ういまのうちに
できる限りのことをしよう 生まれてこられたお礼に

[2]
なくしてしまってから その温かさに気づいて
悔やんだり悲しんだり してもおそすぎるよ
もしかしたら一番 この世でたいせつな人は
当たり前と決めつけてて いると疑わないかも
生きてるすべての人は なんとなくなんかじゃなく
生きてるすべての人が ギリギリ生きてるとしたら
君はどうやってそれを 愛すだろう
おそすぎないうちに 間に合ういまのうちに
できる限りのことをしよう 生まれてこられたお礼に

http://www.youtube.com/watch?v=6JIUF8aMcSc
http://www.youtube.com/watch?v=-9psacAXg4w&feature=related

そういう種類
2010.06.15 (23:20) 日々のたわごと
最近、店主Bが無精髭をはやしています。

本人曰く、
「頭の毛が少なくなってきたから、上下でバランスをとっているんだ」とのこと。

若い時にはあまり似合わなかったけれど、それなりに年を重ねて、
今では結構、様になっています。

朝食の時、おもむろに
「どうして、あご髭にだけ白髪がまじるのかな?」と聞かれました。
鼻の下の髭は真っ黒なのに・・・と不思議に思っている様子。

「そういう種類だからだよ」と私。

「種類?」

「クロッキーは黒かったけど、鼻の周りや眉毛は白かったでしょ?
 全身茶色で顔だけ黒い子もいるし、 目の周りだけ白い子もいるし・・・」

「俺はこういう種類なんだ?」

「そうだよ」

「ふ~ん」

・・・・・我が家の会話は、大方こんな感じです。
強いな・・・
2010.06.12 (13:44) 日々のたわごと
100612.jpg
クロッキー ありがとう さようなら
2010.06.08 (21:46) 思いつれづれ
クロッキーがいなくなってから、一年が経ちました。

最近になってようやく、街を歩いていても
「クロちゃんは?」と問われることがなくなりました。
それでもまだみんな、クロッキーのことを覚えてくれています。

命日の日、写真の前にクロッキーの大好物を供えて、
それから浜に行きました。
元気だった頃のクロッキーが、はしゃぎ回っていたお気に入りの場所です。
そこでもう一度「ありがとう、さようなら」をいいました。

次の日からはもう、わずかな遺品もかたずけて、
写真の前に毎日お水を供えたり、お花を飾ったりすることも、
やめることにしました。

本当は、四十九日の日にそうしようとしたのですが、できませんでした。

実は、四十九日にはいったん遺品をかたずけたのですが、
数日後に遠く離れて暮らしている幼なじみのAから
「クロッキーの夢を見た」という内容のメールが送られてきて、
考えを改めたのです。

クロッキーのことは、機会ができた時に自然に伝わればいいと考えていたので、
Aにもあえて連絡はしていなかったのですが、
Aが見たというその夢は、まるでクロッキーが自ら彼女のところに
メッセージを伝えにいったかのような内容でした。
もちろん彼女は、何も知らずにメールを送ってきたのです。
クロッキーが亡くなったことを伝えると、すぐに、
夢の詳しい内容を記したメールが送られてきました。

「今朝は あまりにも鮮明でクロッキーのぬくもりまで残っていたので 目覚めてすぐにメールをしてしまいました 夢の中でクロッキーはもう天国にいってしまっていて・・・・ クロッキーは もう いないんだ…って思った瞬間に 青い半透明の姿からクロッキーが現れてくれて 歩み寄ってきてくれたの… 私は とにかく わんわん泣きながら クロッキーに抱きついて悲しかったこととか聞いてもらったの クロッキーは お気に入りの布ブランケットと離してほしくないの… って言ってました きっと まだお家にいたいのでしょうね」

私は、一度かたずけてしまったクロッキーのブランケットを、
もう一度、いつもの場所に敷き直しました。
写真の前に、お水や好物を供えて、それを一年間続けました。

けれども、それももう終わりです。

四十九日や一周忌に、意味があるのかどうかはわかりません。
Aが見た夢に、意味があるのかどうかもわかりません。
ただ、遺されたものにはなんらかの“区切り”が必要です。
意味のないことに、あえて意味付けをして、
前を向いて生きてゆくための動機付けをする必要があります。

私たちは一周忌を“区切り”と決めたのです。

「クロッキー ありがとう さようなら またいつか会えるといいね」
モモちゃん
2010.06.03 (19:58) 日々のたわごと
この犬の名前はモモちゃん。
近所に住む、3歳になる女の子の豆シバです。
6か月ぐらいの時に、保健所から貰われてきました。
飼い主のHさんは重い慢性病を患っていて、健康のために散歩のお供にしようと、この子を引き取ったそうです。
引き取られたばかりの頃、モモちゃんはとても気性の荒い犬でした。
よく吠えるし、落ち着きがないし、
すぐにどこかに突進していってしまうし・・・
豆シバの遺伝子?か、あるいは何かのトラウマか、
とにかくHさんは困り顔でした。
ところが、2年以上たった今では、
ものすごくおっとりした癒し犬に変身してしまいました。

見てください、この顔・・・

散歩の途中で行き会うと、いつも少しの間Hさんと話し込んでしまうのですが、
人間同士が話している間、モモちゃんは足下で静かに待っています。
話が長引くと、ウトウトお昼寝をしてしまいます。
私が真正面からかなり近づいてカメラを向けても知らん顔。
耳を触っても、肉球を触っても、な~んにもいいません。
モモちゃんの変身ぶりには、本当に驚かされます。

だけど、理由はちゃんと分かっています。
モモちゃんはものすごく愛されているのです。

モモちゃんが来てからというもの、Hさんの健康状態はとても良くなりました。
「モモのおかげ」と、Hさんはいつも口にしています。
その感謝の気持ちが、モモちゃんにしっかりと伝わっているのでしょう。

Hさんは「モモに癒されている」といいますが、
私から見ると、モモちゃんもHさんに癒されています。

一度は、屠殺寸前だった命。
それが今では、この上もなく穏やかな表情を見せるモモちゃん。

落ち着きがなかった数ヶ月は、
「本当にここにいてもいいの?ずっといてもいいの?
あなたを信じてもいいの?」と
モモちゃんがHさんに問い続けていた時期だったのでしょう。
今のモモちゃんは、すべての答えを得て落ち着いています。

Hさんとモモちゃんは、癒し癒され今日もゆったりお散歩をしています。
行き交う人みんなを癒しながら。

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