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壊れかけています。
2010.11.27 (23:55) 日々のたわごと
*お知らせ
ロシアの本のカテゴリーを再編しました。

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今日の朝ご飯のときの会話・・・

A「今日の朝起きたら、奇跡が起きていた・・・」

B「へぇ~、どんな?」

A「片方の足だけ、昨日の夜履いて寝た靴下がそのままになってた」

B「ふ~ん、じゃあ、きっといいことあるね」

A「・・・(遠い目)」

B「・・・(あさっての視線)」


月末に仕事の締め切りが近づき、 二人ともちょっと壊れかけています。(苦笑)
う~、今壊れるわけにはいかない・・・
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ぴーちくぱーちーく
2010.11.23 (00:00) 日々のたわごと

ぴーちくぱーちーく・・・
よく晴れた昼下がり、突然どこからともなく賑やかで可愛らしい声が聞こえてきました。
何ごとかしらと思って、店主Bと一緒に窓の外を見てみると、
前の通りを、たくさんの幼稚園児たちが先生に引率されて横切ってゆくところでした。

うちはちょっと高台に建っているので、建物の3階ぐらいの高さから
見下ろしているような感じになります。

二人でニコニコ眺めていると、引率いていた先生のうちの一人が急にこちらを見上げて、
私たちに気づきました。
全然知らない人だったのですが、なぜかにこやかに手を振ってくれました。
私たちもとっさに手を振って答えました。
先生はさらに・・・
私たちのことを指差して、園児たちに何かを伝えました。
すると、園児たちが一斉にこちらを見上げて手を降り始めました。
なんだかわかりませんが、私たちも思いっきり手を降りました。

「バイバ~イ」
「バイバ~イ」

園児たちの行列は、ぴーちくぱーちくいいながら
少しずつ遠のいていきました。

「バイバ~イ」
「ありがとうね」
モンシロ蝶とクモと私
2010.11.14 (14:39) 思いつれづれ
窓の外を見ると、モンシロ蝶がひらひらと舞い飛んでいました。
とても穏やかで、平和な昼下がりでした。

ほどなく、その蝶は大きなクモの巣に捉えられてしまいました。
しばらくの間もがいていましたが、やがてあきらめたように動かなくなりました。

それは人間の私に、小さな悲しみを感じさせる光景でした。

手の届かないところに張られたクモの巣でしたが、
蝶を逃してやろうと、思わず心の手がのびてしまいました。

けれどもそんなことをしたら、クモは生きてゆけません。

ベランダに出てみると、大切に育てていた花に虫がついていました。
私は、弱ってしまった花を救いたいと思いました。

クモはそういう虫を “食べてくれる” と、子供の頃に教わりました。

けれどもその虫は、いつか蝶になるかもしれません。
今日の太陽にはあたっておいた方がいい
2010.11.09 (23:20) 日々のたわごと
1月9日
『今日の太陽にはあたっておいた方がいい』
と思いました。

今日は、仕事の締め切りが近くて結構忙しいけれど、
ちょっとでもいいから外に出なくては・・・

そうした方がきっと結果的に仕事もはかどる(と思う)

今日の太陽にあたっておくと・・・
きっとこの冬風邪を引きずらくなる(気がする)
小さなことでいろいろ気に病まなくなる(気がする)
とにかく元気が出て、いろいろうまくいく(気がする)

だから、締め切りは近いけど、
何が何でも絶対に、今日の太陽にはあたっておいた方がいい・・・

101109.jpg

『5分だけ』と思って帰ってきたら1時間過ぎてました。
あんまり気持ちがよかったので、
「今お茶の時間にしたらすごく幸せだろうな~」
と思いました。


そうした方がきっと結果的に・・・



(言い訳)
今日は年に何度かしかないゴージャスデーでした。
よく晴れて、暑くも寒くもなく、空気が澄んでいました。
こんな日は、空気にエネルギーが満ちているような気がするのです。
町の文化祭
2010.11.07 (14:52) 日々のたわごと
この町では毎年秋になると、町民会館で文化祭が行われます。
町内に住む人の手芸作品や、絵や、書や、寄せ植えや俳句や・・・
とにかく手作りのものが館内に所狭しと展示され、
子供からご老人までたくさんの人でにぎわいます。

今年は、この町に住むプロのアーティストさんたちの作品も展示され、
さらに見応えのある内容でした。
この町出身の方々のみならず、他からここに移り住んで制作活動をされている
芸術家の方も結構いらっしゃって、陶芸から絵画、彫刻等々
美術館に展示されているようなレベルの作品が、
無造作に並べられていました。

町民会館はとても古びていて、展示台は長テーブルだし、照明もないし、
もちろん、おしゃれな演出もありません。

プロであろうがアマであろうが、子供であろうが大人であろうが、
なんの条件もなく、いろんな作品がみんな一緒に展示されています。

作った人も見に来る人も同じ町の人で、
ニコニコ挨拶を交わしながら、
和気あいあいと作品を愛でるのです。

私たちも、館内でいろんな人に会って、
思いがけず長居をしてしまいました。

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町の棟梁さんが出展されていました。
旅先で見た神社のお賽銭箱を『これはどうなっているのだろう』と
自分でも作ってみたのだそうです。
宮大工の神業的な技術を実際に目にしたのは初めてです。

201107.jpg

まじまじと眺めていたら、棟梁さんご自身がいろいろと説明をしてくれました。

さらに、見知らぬおばあちゃんが声をかけてきて、
「この人は仕事を終わらせた後にこういうものを作っているんだよ。
 たいしたもんだよ。」と更に説明を加えてくれました。
どうやら、棟梁さんのお知り合いだったようです。

棟梁さんは、いつも私たちがお世話になっている陶芸家さんのお家を建てた方で
この町の神社の御神輿を作られた方・・・

みんなどこかで繋がっています。

201107b.jpg201107a.jpg


もうすぐ紙の本が消える?
2010.11.02 (20:07) 思いつれづれ
IpadやKindleが急速に普及し始めて、紙の本が消滅するという話題が増えました。

『いつかはそうなるかもしれないけど、それはまだずーっと先のことだ』と
ぼんやり思っていたのですが、
最近「5年以内に・・・」なんていう記事が新聞に載っていてびっくりしました。


「紙の本」は5年以内に消える? 米科学者が見通し示す

 電子書籍と携帯情報機器の普及にともない、伝統的な「紙の本」は今後5年以内に姿を消すだろう――。途上国の子どもたちにノート型パソコンを配布するプロジェクトを立ち上げた米科学者、ニコラス・ネグロポンテ氏がこのほど、CNNの番組で自説を紹介した。 ネグロポンテ氏はインタビューで、紙に印刷された本を人々に行き渡らせるのは困難だと主張。「アフリカで本を欲しがっている50万人の手に、本そのものを届けることはできない」と語った。 一方、同氏らのプロジェクト「ワン・ラップトップ・パー・チャイルド(OLPC=1人の子どもに1台のラップトップを)」では、「1台のパソコンに100冊の本を載せ、それを100台送れば、村には1万冊の本が届くことになる」という。 紙の本から電子書籍への移行は先進国より途上国でより速く進むというのが、同氏の見方だ。「携帯電話が、もともと電話のなかったカンボジアやウガンダで素早く普及したのと同じこと。米国には固定電話があったため普及が遅れた」と、同氏は説明する。


見出しを見た時には『いくらなんでも“5年以内”なんて』と感じたのですが、
本文を読んでみると、それなりに説得力があります。
ちなみにこんな意見もあって、こちらはかなり現実的です。


電子書籍は5年で本を追い越す?

 ソニーの電子書籍事業部社長スティーブ・ハーバー氏は、「5年以内にデジタルコンテンツの売り上げが物理コンテンツより多くなる」と考えている。音楽、写真のデジタル化と同じパターンが、書籍市場で起きているという。ソニーは、電子書籍市場は「引き返せない段階」を過ぎたと考えており、ハーバー氏は出版社にパラダイムシフトが起きていると説いている。


遅かれ早かれ、紙の本が減少する(あるいは消滅する?)という時代は、
確実にやってきそうです。
ただ、「全ての本が電子化するとすれば、それに伴って失われるものは少なくない」
と思っている人は、多いのではないでしょうか。
そしてそういう人程、この状況を憂慮しているのではないかと思います。

確かに、本を単に情報を運ぶ器だと考えるのであれば、素材が紙であろうと
デジタル機器であろうと、合理的であればよいわけですが、
紙の本には、それだけではない意義が存在します。

例えば絵本は、その内容に合わせて本の体裁を決めているようなものが多いのです。
大地の広がりを表すために横長のサイズになっていたり、
空の高さを表すために縦長のサイズになっていたります。
お話のあたたかみを伝えるためにアイボリーの紙が使われていたり、
登場するクマの手触りを伝えるために、
毛皮のような特殊素材が使われている本さえも存在します。
赤ちゃん用の本が、手のサイズを考えて小さく作られていたり、
汚れても大丈夫なように全ページがビニールコーティングされていたり、
厚紙で作られていたり・・・

とにかく紙の本には、その内容だけではなく、ブックデザインという部分にも
制作者の思いがいっぱい詰まっています。
つまり、オブジェクトとして仕様が、その内容をさらに深めているわけです。

子供と一緒に、あるいは自分一人で絵本を開く時のことをちょっと想像してみます。
デジタル絵本である場合と、紙の絵本である場合と・・・
たとえそれが同じ作品だったとしても、
味わえるものがかなり違ってくるのではないかと思うのです。

デジタル絵本には、デジタル絵本にしか表現できない世界があると思うので、
全否定しているわけではありません。
全ての本がデジタル化してしまうという状況を憂慮しているのです。

ただ、上記ののように、本をなかなか手にすることができない人たちのことを考えると、
どんなスタイルであれ、とにかく出会いの機会が増えることを
祈らずにはいられません。
そして、身の回りに本があふれ、しかもあらゆる選択肢が許されている自分が、
どんなに恵まれているのかを思い知ります。
教育のこと、環境のこと、いろいろな側面から考えると、
どんなに本好きな私でも、一概にデジタル化に反対することはできません。

いずれにしても、この流れはもう誰にも変えられません。
いつか遠くない未来に、
「昔は、本はみんな紙でできてたもんだよ・・・」
なんていう時代がくるのでしょうか?

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